山と温泉の旅 銀山平から荒沢岳
 
山行データ
歩行距離 10.1km
標高 1968.7m
最大標高差 1200m
 行動時間
1日目 7時間30分
2011年7月23日(土)
銀山平
1.0km 5:35

前山
2.5km 6:15

前嵓
1.6km 8:15
9:50
荒沢岳
1.6km 10:30

前嵓
2.5km 11:20

前山
0.9km 12:35
13:05
銀山平
 

 新潟県の奥只見湖(銀山湖)の湖畔に秘境・銀山平がある。かつて作家の開高健が逗留して、のちに彼の代表作となる小説の構想を練ったという。その開高のエッセイにこんな一文がある。
 昭和四十五年の六月、七月、八月、私は仕事をしようと思って新潟県の山奥の銀山湖畔で暮らした。ここは水道も、ガスも、電気もなく、一年の半分近くが雪に埋もれるので、年賀状が五月に配達されるというような聖域である。……ここで私は超一流品と呼べるような水を飲んだ。……ピリピリひきしまり、鋭く輝き、 磨きに磨かれ、一滴の暗い芯に澄明さがたたえられている。のどから腹へ急転直下、はらわたのすみずみまでしみこむ。脂肪のよどみや、蛋白の濁りが一瞬に全身から霧消し、一滴の光に化したような気がしてくる。
(開高健記念館より引用)  

 若いころ、この名文を読んでシビレてしまった。一度は行って見たいと思いながらも、なかなかその機会は訪れないまま年月が流れ、なかば忘れかけていた。
 しかし、2、3年前だったろうか。JRのポスターをふと見るとその銀山平が映っていた。そこにはきれいな清流とあざやかな紅葉の向こうにスタイルの良い山が映っていた。こんな構図だったと思う。
 今度はその山が気になり始めた。調べるとそれは荒沢岳という山のようだった。

 前置きが長くなったが、このように極めて個人的な理由で荒沢岳には特別な思い入れを持つようになっていった。
 その荒沢岳は、越後三山と呼ばれる八海山、越後駒ヶ岳、中ノ岳と同じ山域にあって、結構な岩場が続く難所だという。しかし、その狭い山頂に立てば、人里離れた秘境の真っ直中で360度の大展望が望めるそうだ。

 
東京から秘境・銀山平は遠い。金曜の夜に出発して車中泊し、土曜の早朝に現地入りすることにした。


朝の5時半。あいにくの朝もやで見通しがきかない中、伝之助小屋の前の登山口から登り始める。
しばらく登ると、靄が少し引いて青空が見え始めた。
荒沢岳の稜線が見えてきた。
この稜線の右に山頂がある。
背後を振り返ると、今通過してきた前山の小ピーク。朝靄の向こうに未丈が岳がうっすらと浮かんでいる。幻想的な風景だ。


登り始めてから1時間半。荒沢岳の前に立ちはだかる迫力の前嵓が姿を現した。
鎖場の連続する難所はここにある。
左側の急斜面をトラバース気味に登って行くらしいのだが、
遠目には登れそうにない絶壁に見える。
岩場が始まった。
雲海の上に出たようだ。
会津方面の美しい山並みが見え隠れする。
鎖とハシゴの連続する斜面を次々と登って行く。
下をのぞき込むと、木々が無ければさぞ怖かろうという傾斜である。
前嵓の中腹で展望が開けた。
名も知らぬ山々が雲海の上に連なっている。
右の尾根の向こうに台形に見えるのは会津の三岩岳。
さらに右側には、尾根で隠されてしまったが、会津駒ヶ岳があるはずだ。
ハシゴでさらに上へ。


荒沢岳の山頂が見えた。
圧倒的な迫力に、思わず歓声を上げてしまった。
雲海から立ち上がる雲が生き物のように荒沢岳にまとわりついて
さらに迫力を盛り上げている。素晴らしい。
背後を振り返ると未丈ヶ岳が雲海に浮かんでいる。
あちらも登って見たい山なのである。
前嵓にだいぶ近づいた。
いったいどこから登るのか検討も付かない岩壁が立ちはだかっている。
左斜面にうっすらと続くルートを登る。
前嵓付近で転落事故が起きているそうなので、慎重に進んでいく。
要所要所に鎖が付けられている。
右側には魚沼駒ヶ岳。
こちらが登るのを追いかけるように、雲が立ちのぼってくる。
ようやく前嵓のピークに立った。


荒沢岳の全貌が目前に開けたが、だいぶ雲が上がってきてしまった。
ここからさらに500mの登りが残っている。
あと一息に見えた山頂がなかなか近づいてこない。
細かいピークを乗り越えて先へと進む。
よじ登るような岩場が繰り返し現れる。
いよいよ山頂が近づいてきた。
ついに山頂に到着。
こぢんまりとした山頂だが、周囲が開けて開放感が素晴らしい。
この先に奥只見湖があるはずだが、ガスに阻まれて見通しが効かない。奥只見湖からの湿った空気でガスがかかりやすいのだそうだ。
南側はなんとか展望が開けている。
山頂が良く見えないが、これが平ヶ岳だろう。
この先の尾根は兎岳を経て、越後三山の中ノ岳、駒ヶ岳に続いている。2008年ごろ、30km余りの縦走路が開かれていたそうだが、手入れをしなければすぐにヤブに覆われてしまうそうだ。
見ると明瞭な踏跡が続いているが、先がどうなっているかはうかがい知れない。
頂上で昼食を食べてから、元来た道を降り始めた。
四苦八苦した急坂も下りは快調である。
すぐにガスの中に突入した。
尾根の右側は絶壁だが、所々登山道に亀裂が入ってずれ落ちているのが不気味だ。
崩落に巻き込まれないよう、慎重に進む。
急斜面を次々と降りていく。
岩壁に張り付くようにしてトラバース。
奥只見湖が見えてきた。
あそこまで降りなければならない。
足腰が疲れてきたが、まだもうひと頑張りが必要だ。
登山口に到着。7時間30分の行程だった。
結構疲れたが、なかなか渋い魅力のある山だった。
銀山平に寄って温泉に入っていくことにした。
始めて訪れる銀山平。場合によっては一泊して行こうかと思ったのだが、秘境らしからぬ真新しいログハウスが建ち並んでいて、ちょっとイメージが崩れてしまった。開高健が逗留したころの風情は失われてしまったようだ。家族連れで来るには良い場所なのだろう。
日帰り温泉、白銀の湯。
さほど特徴のある温泉ではなかったが、湯船を一人で占領してゆったりと疲れを癒すことができた。
帰りがけに奥只見ダムに寄ってみた。
ここに来るのは20年ぶりだろうか。少しも変わらない風景が広がっていた。
岩魚焼き定食に舌鼓を打ってからダムへと向かった。
ダムへのささやかな登りが疲れた足腰に堪える。
帰路は荒沢岳の遠望を眺めようと、旧道から枝折峠に向かったが、残念ながら雲に覆われてしまっていた。
紅葉の頃ならくっきりとした展望が得られるだろうか。
再訪を誓って銀山平を後にした。


 
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